かおり’s blog

《かおりの過去現在未来を文字にするスペース》1+1≠2な私。勉強も家族も自分も友達も体当たりな日々の記録から。

Japan Motivation Forumでお会いましょう。

【いよいよ本日です!】
今回、私は"たったひとつ"だけお伝えしたいことがあり、登壇をさせていただきます。

100人を越える方々の前で、自分のことをお話しさせていただくことは初めてのことで、なかなか緊張しております。

けれど、せっかくお声がけいただいたこのチャンス。

こんな私の言葉に耳を傾けてくれるかな。

伝えたいことはとてもシンプルです。

末っ子の私は、兄弟喧嘩するといつも泣くことしかできなかった。「ごめんないさいは?」と言われれば、頭で納得していないのに、口でも力でも勝てなくて、怖くて早くどうにかその場をしのぐために「ごめんなさい。」しか言えなかった。

けれど、年齢が上がるにつれて「ごめんさい。」「はい、わかりました。」ばかり言っていることが辛くなってきた。

ストレスからなのか、中学の頃からは髪を抜くことがやめられず、拒食と過食の連続、精神科に通ったり。

16歳、気づいたら、「死ぬことが一番。それしかない。」と思っている自分がいて。母に「明日私が死んでも後悔しないでね。」なんて言い捨てて、雪道に降ろされ、泣いて雪道を歩いて家出した日もありました。空を見上げれば、早くそっちに行きたい、誰か迎えに来て。命を自分で終わらせる勇気も持てない自分をもっと嫌いになって。

240日前のめも。↓

kaoriw.hatenablog.com

そんなところまで来てた。

そんな私がどうして、今日も生きていて、どうして今日の空を幸せな気持ちで見上げることができるのか。

”生きる”選択をした。

けれど、現実は冷酷で、厳しい。

私一人の心が変わっても、社会は何一つ表情を変えることなく、日常が流れる。

シンデレラストーリーみたいなものはどこにもない。

お金も人もチャンスも降ってくるわけもない。

そんな状況で東日本大震災があって、学校は全壊。

そして原発事故。

原発から半径50㎞、明日どうなるかもわからない状況で埼玉に制服とローファーだけを思って避難したこともあった。一緒に避難すると決めていた母が、「私は、嫁として家と祖父母を守る義務がある。行きなさい。」と、私が車に乗り込んでから外からドアを閉め言った。親とこれが一生の別れになるかもしれないと思ったあの恐怖を思い出すと、今でも涙ぐむ。ちょこっとだけど、一人の福島県民として、あの日の証人として、あの日の福島にいたことをきちんと覚えていたいし、もう何も恐れることなく発信したい。忘れられることが一番怖い。話が複雑になるからこれくらいで。

とは言っても、親に心からの感謝を言えるまでにもかなり時間がかかりました。私は、親を憎んでいました。高校の卒業式、クラスでクラスメイトとその親御さんが見守る中、「今の私は、経済的支援以外にはありがとうが言える人間じゃない。」と言い捨てたこともあった。けれど、その直後「心からのありがとうが言える自分になりたい。」と宣言したおかげで、得たもの、捨てられたものがたくさんあった。書ききれないくらい、いろんなことあったのかもしれない。限られた時間なので、ぜ〜〜んぶは伝えきれないと思います。

でも、そんな現実の中で、私がやっと見つけた”たったひとつ”の大切にしたいことを伝えるためにみなさんの前に、自分の足で立って自分の言葉でお話しをさせていただきたいと思います。

私の話で、もし自分の心の中にそっとしまっておいたものが溢れ出し、もしも不安になることがあれば、明日のイベント終了後でも遠慮なくお声がけください。時間の制約もあると思いますので、メッセージ等でも構いません。

お時間かかっても必ずお返しいたします。

では本日、どうぞよろしくお願いいたします。

JMF@東京 イベント詳細▽
https://www.facebook.com/events/1436989439959503/


f:id:kaoriw:20150911235052j:plain

kidsline.me